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岡山地方裁判所 平成6年(行ウ)2号 判決 1995年11月21日

岡山県倉敷市連島三丁目六番三三号

原告

末金辰一

右訴訟代理人弁護士

院去嘉晴

藤本徹

岡山県倉敷市幸町二番三七号

被告

倉敷税務署長 神庭弘幸

右指定代理人

森岡孝介

赤枝京二

鈴木雅彦

木村宏

永井行雄

高地義勝

表田光陽

主文

一  原告の請求の趣旨1、2後段の訴えをいずれも却下する。

二  原告の請求の趣旨2前段の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位

原告の被告に対する平成三年四月一日提出の昭和六一年分及び昭和六二年分の各修正申告のうち、別紙の「修正申告」額から「更正を求める額」を差し引いた金額部分が無効であることを確認する。

2  予備

被告の原告に対する平成四年五月二二日付各通知処分(原告の被告に対する昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税に係る更正の請求について更正をすべき理由がない旨)を取り消す。

被告は、原告に対し、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税についてそれぞれ別紙のとおり更正決定をせよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前

主文一と同旨

2  本案

主文二と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  修正申告の無効

<1> 修正申告

原告は、被告に対し、昭和六二年三月四日昭和六一年分の所得税について総所得金額を一四〇一万八六二〇円、納付すべき税額を一二万八九〇〇円とする確定申告をし、昭和六三年三月一四日昭和六二年分の所得税について総所得金額を一四〇一万八六二〇円、納付すべき税額を五万七三〇〇円とする確定申告をした。

原告は、平成三年四月一日昭和六一年分の総所得金額を四億四七五七万八二三八円、納付すべき税額を二億九六七〇万一三〇〇円とし、昭和六二年分の総所得金額を三億四六九三万三〇一四円、納付すべき税額を一億九六七三万二六〇〇円とする旨の修正申告(以下「本件各修正申告」という)をし、平成三年六月一〇日までに右修正申告に係る納税をした。

<2> 無効事由

本件各修正申告は、申告内容が事実に反する上、原告が広島国税局の査察を受け、岡山地方検察庁に対して所得税法違反で告発され、逮捕勾留の後平成三年三月二〇日岡山地方裁判所に起訴される過程で、検察官から、修正申告をしなければ釈放乃至保釈もされず、量刑においても執行猶予がつかないから修正申告をした方がよいなどと強要されてしたものであり、原告の自由な意思によるものではないから、無効である。

仮に右事情が無効事由にならないとしても、原告は本件各修正申告当時勾留されており、右修正申告は、これをしなければ釈放乃至保釈されないものと原告が誤信してしたものであり、重大な錯誤によるものであるから、無効である。

2  通知処分の違法

<1> 通知処分

原告は、被告に対し、平成四年三月二五日昭和六一年分の所得税について総所得金額を一億六八六四万八五二七円、納付すべき税額を一億〇一六〇万九三〇〇円とし、昭和六二年分の所得税について総所得金額を一億三三九四万九三〇一円、納付すべき税額を六八七八万二五〇〇円とすべきである旨の更正の請求(以下「本件各更正請求」という)をした。

被告は、原告に対し、平成四年五月二二日付で本件各更正請求について更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件各通知処分」という)をした。

原告は、被告に対し、平成四年七月一三日本件各通知処分について異議の申立をし、被告は、同年一〇月一二日右異議を棄却する旨の決定をした。

原告は、広島国税不服審判所長に対し、平成四年一一月一一日右異議棄却決定について審査請求をし、同審判所長は、平成五年一二月二一日右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月二三日右裁決書謄本の送達を受けた。

<2> 違法性

本件各通知処分は、原告において、本件各修正申告が原告の自由な意思に基づかない無効なもので、昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税額としては本件各更正請求の額が正当である旨主張しているのに、全く事実を調査せず、更正の請求をすべき期限を徒過しているという形式的な理由のみでしたものであるから、違法である。

3  結論

よって、原告は、主位的に、本件各修正申告のうち、別紙の「修正申告」額から「更正を求める額」を差し引いた金額部分が無効であることの確認を求め、予備的に、被告に対し、本件各通知処分の取消を求めるとともに、昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税について別紙のとおり更正決定をすることを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  本案前

<1> 請求の趣旨1の訴え

修正申告は、既に納税申告書を提出した納税義務者がその申告に係る税額が過少であることを理由として当該税額を修正するためにする納税申告であり、これにより、新たに納付することになった税額に係る納税義務を確定させるものであるが、右申告行為自体は私人による公法行為の一つに過ぎず、行政庁による公権力の行使に当たる行為に該当しないことは明らかである。

したがって、請求の趣旨1の訴えは、その対象である申告行為が処分性に欠いているから、不適法である。

また、修正申告自体は法律要件事実に過ぎないから、右訴えは事実関係の確認を求めることを目的とするものになるところ、これによって原告の法律上の地位をめぐる不安ないし危険が解消されるものではないから、不適法である。

<2> 請求の趣旨2後段の訴え

請求の趣旨2後段の訴えは、昭和六一年分及び昭和六二年分の原告の所得金額を原告主張額とする内容の各更正決定をすることを求めるものであり、行政事件訴訟法に定める四種類の抗告訴訟に該当しないいわゆる無名抗告訴訟の一つである義務付け訴訟を求めるものである。

このような、行政庁の積極的行為を求める義務付け訴訟が許容されるにしろ、司法権の限界を越えてはならず、行政庁の第一次判断権を侵すものであってはならないことから、事後的に争ったのでは回復しがたい損害が生じるとか、事前の救済を認めない限り行政庁の違法な公権力の行使による国民の権利又は法律上の利益の侵害から救済されないなどの特段の事情があるような場合にのみ、例外的に認められる訴訟類型と解される。

ところで、申告に係る所得金額が過大である場合にその過誤を是正するには、当該申告者は、まず税務署長に対して更正の請求をし、これが容れられない場合には税務署長がなした是正をすべき理由がない旨の処分に対し、その取消を求める訴えを提起し、認容判決を得れば足り(行政事件訴訟法三三条二項)、本件においても、右のような更正をすべき理由がない旨の処分の取消の訴えが可能であるから、これとは別に税務署長に対して更正の義務付けを求める訴えの提起を認めるべき要件を欠くことは明らかである。

したがって、請求の趣旨2の訴えは不適法である。

2  本案(請求の趣旨2前段の訴え)

請求原因1<1>は認め、同1<2>は争う。

請求原因2<1>は認め、同2<2>は争う。

三  抗弁(通知処分の適法性)

本件各更正請求は、本件各修正申告が原告の自由な意思に基づかない無効なものであり、原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税額は原告が更正の請求をしたとおりの額が正当であることを理由とするものであった。

更正請求の期間は、国税通則法二三条一項によれば、法定申告期限(昭和六一年分は昭和六二年三月一六日、昭和六二年分は昭和六三年三月一五日)から一年以内に限られるところ、本件各更正請求の日は平成四年三月二五日であり、明らかに請求期間を徒過している。

また、本件各更正請求の理由は、国税通則法二三条二項、所得税法一五二条(各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例)及び同法一五三条(前年分の所得税額等の更正等に伴う更正の請求の特例)の規定による更正の請求ができる理由のいずれにも該当しない。

そこで、被告は、原告に対し、本件各更正請求が更正の請求の期限を徒過してなされたもので不適法であり、更正すべき理由がないとして、本件各通知処分をしたものである。

したがって、本件各通知処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

抗弁第一段は認め、その余は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本案前

1  請求の趣旨1の訴え

抗告訴訟としての無効確認等の訴えは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいうところ、本件各修正申告のような申告行為は、私人による公法行為に過ぎず、行政庁による公権力の行使である処分又は裁決に該当しないことは明らかであるから、右修正申告は、抗告訴訟の対象とはならないものというべきである。

また、請求の趣旨1の訴えを当事者訴訟と解するとしても、本件各修正申告の行為自体は、租税債権債務関係を発生させるための前提問題に過ぎず、その無効の確認を求めることは、法律関係そのものの存否の確認を求めるものではないから、当事者訴訟の対象ともならないものというべきである。

したがって、請求の趣旨1の訴えは、行政事件訴訟法上の適法要件を欠いた不適法なものである。

2  請求の趣旨2後段の訴え

請求の趣旨2後段の訴えは、原告が被告に対して昭和六一年分及び昭和六二分の各所得税について原告主張のとおり更正決定をすることを求めるというものであり、いわゆる無名抗告訴訟の一つである義務付け訴訟と解される。

義務付け訴訟は、行政庁が当該行政処分をすべきこと又はすべきでないことについて法律上覊束され、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないと認められ、義務付けしなければ回復し難い損害が生じるなど救済の必要が顕著で、司法権の行使による以外法律上他に適切な救済方法がないなどの例外的な場合にのみ許されるものと解すべきである。

ところで、修正申告が過大であるとしてその過誤を是正するには、法律上、原告は被告に対して更正の請求をし、被告が更正すべき理由がない旨の通知処分をした場合には、最終的に右通知処分の取消を求める訴えを提起し、勝訴すれば是正されるという救済手段が用意されている(現に、本件各修正申告については、本件各更正請求がなされ、本件各通知処分が出され、その取消を求める本訴が係属中である)から、請求の趣旨2後段の訴えは、義務付け訴訟の許される例外的な場合に当たらないものというべきである。

もっとも、請求の趣旨2前段の訴えは、後記二に説示ずるとおり理由がないから棄却となるが、だからといって直ちに右例外的な場合の該当事由となる筋合いのものではない。

なお、原告は、本件各修正申告の動機について、検察官の強要等をも主張するが、被告の預かり知らない局面における事情に過ぎないうえ、別途法律上の救済手段の対象となる余地がないとはいえないから、これも右例外的な場合の該当事由とはならない。

したがって、請求の趣旨2後段の訴えは、行政事件訴訟法上の適法要件を欠いた不適法なものである。

二  本案(請求の趣旨2前段の訴え)

請求原因1<1>、二<1>は当事者間に争いがない。

甲第三乃至第五号証、第八乃至第一四号証(枝番を含む)並びに弁論の全趣旨によれば、原告の昭和六一年分の所得税納税の法定申告期限は昭和六二年三月一六日、昭和六二年分のそれは昭和六三年三月一五日であったが、原告は広島国税局の査察を受け、岡山地方検察庁に対して所得税法違反で告発され、逮捕勾留の後平成三年三月二〇日岡山地方裁判所に起訴され、右勾留中の同年四月一日本件各修正申告を行ったこと、原告は平成四年三月二五日本件各更正請求をしたが、その理由として「所得の帰属について重大な事実誤認があり、本来の事実に基づいて所得計算を行うと所得が減少する」、請求に至った事情の詳細として「本件各修正申告は原告の自由な意思によるものではなく、原告の選択する意思を否定され、検察当局の強い指導によってなされたものであり、なおかつ事実誤認をした上での申告指導の結果の錯誤を生じた」旨を掲げたこと、被告は、本件各更正請求について、国税通則法二三条一項の更正請求期間を徒過し、同条二項、所得税法一五二条及び一五三条に規定する更正の請求をすることができる場合にも該当しないとして、本件各通知処分をしたこと、以上のとおり認められる。

ところで、更正請求の期間は、国税通則法二三条一項によれば、法定申告期限から一年以内に限られるところ、右認定事実によれば、本件各更正請求は、原告の所得税納税の法定申告期限(昭和六一年分昭和六二年三月一六日、昭和六二年分は昭和六三年三月一五日)から一年以上を経過した平成四年三月二五日になされており、更正請求の期間を徒過したことは明らかである。

また、所得税の更正請求について、国税通則法二三条二項、所得税法一五二条(各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例)及び同法一五三条(前年分の所得税額等の更正等に伴う更正の請求の特例)には、国税通則法二三条一項の特例事由を定めた規定があるが、本件各更正請求の理由として掲げられた事由が右特例事由に該当しないことはその内容からして明らかであり、これを前記更正請求の期間徒過を正当化すべき事由とすることもできない。

したがって、本件各通知処分は適法である。

三  結論

以上によれば、本訴請求の趣旨1、2後段の訴えはいずれも不適法であるから却下し、同2前段の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 裁判官 種村好子)

更正を求める内容

一、昭和六一年分 修正申告

総所得金額 四四七、五七八、二三八円

納付すべき税額 二九六、七〇一、三〇〇円

更正を求める額

総所得金額 一六八、六四八、五二七円

納付すべき税額 一〇一、六〇九、三〇〇円

一、昭和六二年分 修正申告

総所得金額 三四六、九三三、〇一四円

納付すべき税額 一九六、七三二、六〇〇円

更正を求める額

総所得金額 一三三、四九九、三〇一円

納付すべき税額 六七、七八二、五〇〇円

右修正申告額を、更正を求める額に更正決定を求める。

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